2011年4月28日木曜日

ダル2勝目&1000奪三振!和田に投げ勝つ

ダル2勝目&1000奪三振!和田に投げ勝つ
 (パ・リーグ、日本ハム3-2ソフトバンク、1回戦、日本ハム1勝、26日、札幌ドーム)日本ハム先発のダルビッシュが8回2失点の好投でソフトバンク先発の和田に投げ勝ち、今季2勝目(1敗)。八回には本多から三振を奪い、史上129人目となる通算1000奪三振を達成した。
 ダルビッシュは初回、味方の失策で走者を出したが、後続を抑えて幸先の良い立ち上がり。三回までわずか1安打しか許さない完璧の内容だった。

 だが四回、四球とカブレラの中安打でピンチを背負うと、5番小久保に左適時打を打たれて先制を許した。3-1と逆転した八回にも一死満塁から内川の二ゴロで1失点。1点差に詰め寄られたが、九回に登板した武田久が3人で抑えて投手戦を制した。ダルビッシュは本拠地で今季初勝利となった。


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<巨人>バニスター、任意引退選手に 野球続ける意思なく

巨人・バニスター投手、任意引退選手として公示-コミッショナー
 巨人の新外国人、ブライアン・バニスター投手(30)が26日、任意引退選手として公示された。バニスターは東日本大震災後の3月15日、「家族が心配している」と米国に無断で帰国し、今月2日、どの球団でもプレーできない制限選手になっていた。球団によると、バニスターは日本だけでなく米国も含めて野球を続ける意思はないという。巨人の清武英利球団代表は「残念だがやむを得ない」と話した。


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13年までピクシー!契約延長大筋合意、アーセナル流出阻止…名古屋

13年までピクシー!契約延長大筋合意、アーセナル流出阻止…名古屋
 名古屋のドラガン・ストイコビッチ監督(46)が2013年シーズン終了まで契約を延長することが25日、分かった。08年から指揮を執り、昨季リーグ初制覇をもたらしたカリスマにクラブ側は契約延長オファーを提示し、大筋合意に達した模様。イングランドの名門アーセナルの次期監督候補にも挙がる指揮官が、異例の長期政権に挑む。

 今年、Jリーグ連覇とアジア制覇を狙う名古屋がカリスマ指揮官と異例の長期契約を結ぶことが明らかになった。

 関係者によると、クラブ側はこのほど、今季限りで契約満了となるストイコビッチ監督に13年シーズン終了までの2年契約を提示した。すでに水面下でクラブ幹部が交渉を進めており、大筋で合意に至った可能性が高まっている。

 現役時代に名古屋で7年間活躍後、旧ユーゴサッカー協会会長、レッドスター会長など要職を歴任。08年に古巣に監督として凱旋した。すでにクラブ史上最長の監督4年目に突入しているが、13年までの正式契約を結べば、00年から6年間指揮を執った元鹿島監督のトニーニョ・セレーゾ氏と並びJ外国人監督の最長政権となる。

 アジアの常勝軍団完成を狙う名古屋には、指揮官慰留こそが重要事項だった。英紙によると、アーセナルのベンゲル監督がストイコビッチ監督を後継者に挙げており、来季コーチングスタッフ入りの可能性が浮上。至宝流出の恐れがある。さらに昨年、日本協会と2年契約を結んだ日本代表のザッケローニ監督が12年夏に契約満了を迎えた時には後任として白羽の矢が立つ可能性もある。

 引く手あまたの指揮官は24日の浦和戦完敗(0―3)から一夜明けたこの日、チームの立て直しに動き出した。現役時代に旧ユーゴ代表で同僚だった浦和のペトロヴィッチ監督に試合後に軽口を叩かれたことに立腹し、豊田市内での練習前のミーティングで「私はこんな冗談を言われたんだぞ!」と全選手を一喝。凡ミスを繰り返したイレブンの気持ちを引き締めたピクシー監督が、名古屋に黄金時代をもたらす。

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巨人・沢村、77年ぶり草薙に再臨…“栄治超え”プロ初2ケタKだ!

巨人・沢村、77年ぶり草薙に再臨…“栄治超え”プロ初2ケタKだ!
 巨人の沢村拓一投手(23)が25日、同じ姓を持つ伝説の大投手、故・沢村栄治氏のゆかりの静岡・草薙球場で調整を行い、28日に登板予定のヤクルト戦(静岡・草薙)に向けて集中力を高めた。栄治氏は1934年、のちに巨人の母体となる全日本のエースとして、同球場でベーブ・ルースら全米選抜を9奪三振でねじ伏せた。右腕は、偉大なるチームの大先輩の銅像とも対面。栄治氏の魂を継承し、持ち前のパワーピッチングで“伝説超え”となるプロ初2ケタ奪三振で2勝目を目指す。

 偉大な大先輩のゆかりの地に足を踏み入れた沢村は、気持ちを高ぶらせた。練習後には銅像と対面。笑顔で“ツーショット撮影”に応じた後、一転して表情を引き締めた。「試合でしっかり投げられるように頑張りたいです」。すぐに3日後の登板にスイッチを切り替えた。

 大投手の銅像の前に立つことも、静岡を訪れることも初めて。当初、開催予定だった神宮から球場が変更となり、巡ってきた登板。1934年、草薙球場のマウンドに立った沢村栄治氏が全米打線を9奪三振でねじ伏せた試合は伝説となった。「縁を感じる? 分からないですね」と言葉を選んだが、運命を感じないわけにはいかない。

 プロ初勝利も、栄治氏と結びついていた。21日の阪神戦(甲子園)で7回6安打1失点でプロ初白星を手にした。チームは3―1で勝利。登板翌日、右腕は「沢村栄治さんが最後に阪神に勝ったときのスコアが3―1だったんですよね」。1941年7月5日、西宮球場で行われた伝統の一戦と同じスコアで勝ったことを自ら知り、初勝利の喜びを膨らませた。2月1日、プロ入り後、初めてブルペン投球したのも、栄治氏の誕生日だった。

 ゆかりの地で負けるわけにはいかない。2勝目の鍵はパワーピッチングだ。沢村栄治氏は、ルー・ゲッリッグへの一発に泣いた。両翼91メートルの地方球場。川口投手総合コーチは「ウチに有利な球場。狭いけど、いい投手ほど集中力があるからね。先発は頑張ってくれるでしょう」と期待。沢村の持ち味でもある力でねじ伏せる投球が、一発を防ぐことにもなり、栄治氏が同球場でマークした9奪三振を上回る“栄治超え”の自身プロ初の2ケタ奪三振も見えてくる。

 プロ初完投への意欲も十分だ。15日に初登板した広島戦(マツダ)は7回途中降板、21日の阪神戦は8回表の攻撃で代打を送られた。試合中に川口コーチから言われた言葉が心に残っている。「マウンドを譲ることは勝ちを譲ること。本当に勝ちたいならマウンドを譲るな」。完投への思いを強くした。同球場で77年間、「巨人・沢村」は負け投手になったまま。完投で記念すべき勝利を飾るつもりだ。

 ◆全米1―0全日本(1934年11月20日・草薙) 伝説の本塁打王、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグらを擁する全米選抜と行った日米親善試合の第10戦。全日本に入るために京都商(現京都学園)を中退した17歳の沢村栄治が先発。それまで3試合で12本塁打、50得点をたたき出した強力打線を相手に、8回5安打1失点9奪三振の好投を見せ、伝説となった。この時の背番号は「8」だった。


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